12年ロンドン五輪に向け、新たな4年がいよいよ始まる。北京で1万メートルに出場するなど、復調の兆しのある前日本記録保持者の渋井陽子(三井住友海上)、ハーフマラソン2連勝と好調の加納由理(セカンドウィンドAC)、08年名古屋2位の尾崎好美(第一生命)ら、国内勢に加え、北京6位のマーラ・ヤマウチ(英国)、昨年の大会で終盤まで優勝争いに絡んだサリナ・コスゲイ(ケニア)ら海外の強豪も出場し、好勝負が期待できそうだ。
日本勢の中で潜在能力を見ると、1万メートル日本記録(30分48秒89)保持者の渋井が一番。レースは彼女を中心に展開される可能性が高い。
スピードは日本選手の中では抜けている。ただ、その力がありながら、マラソンでは力を発揮できていない。1万メートルでは、今年の日本選手権でトラックの第一人者・福士加代子(ワコール)らとのデッドヒートを制し、初の五輪切符をつかんだ。その勢いでマラソンでも殻を破れるか。
「最近はマラソンを走れていないので、勝ち癖をつけたい。勝つまで走る」。東京国際にむけた中国・昆明での高地合宿へ向かう前、渋井はそう話した。
マラソンでの優勝は2時間23分11秒の初マラソン世界最高(当時)を出した01年大阪と、2時間19分41秒の日本記録(当時)をマークした04年ベルリンの2回。大阪では前半から独走するパターン、ベルリンでは男子のペースメーカーに囲まれて設定タイムを刻んだ。重圧と無縁な展開に持ち込むとその力を遺憾なく発揮する。ところが、五輪選考会など勝負に徹するレースになるとめっぽう弱い。アテネ五輪選考会の04年大阪は2時間33分2秒で9位、北京行きをかけた昨年の東京国際は30キロ手前から失速し、2時間34分19秒で7位に終わった。今回はペースメーカー不在のレース。自らレースをつくる力が要求される。渋井の成長ぶりを見るにはちょうどいい。
東京国際への出場は、北京五輪前から決めていた。調整期間が短くなるが、昨年と同じように東日本実業団女子駅伝を11月上旬に走り、東京へと続く流れを選んだ。「昨年と同じ流れでやるから頑張る価値がある」と渡辺監督。故障もなく順調に調整はできている。渋井の調子の良さを見る一つに体のしぼり具合があるが、今回はすっきりとした体と顔で中国・昆明から帰国した。あとは、ここ4戦未勝利の原因ともなっている後半失速の展開を打開できるか。「そのイメージをどうにかしないと」と渋井。4年ぶりの美酒に酔えば、1万メートルに続き、マラソンでも自信を深められる。
波が大きい渋井に対し、いつも安定した力を出すのが加納だ。07年大阪で初マラソン日本歴代5位となる2時間24分43秒で3位で07年大阪世界選手権は補欠に回った。同年8月の北海道で優勝。北京を狙った08年1月の大阪は足の故障で途中棄権したものの、同年3月の名古屋は2時間26分39秒で3位。自ら「高速ピッチ走法」と語る小気味のいい走りで大崩しない。
なかなか勝負に絡めないところが課題だったが、「最近は勝負強くなったかな」。その言葉通り、今季はハーフで2勝するなど調子を上げている。終盤に上り坂のある6月の札幌ハーフで1時間8分57秒の好タイムで優勝。10月には米国のロックンロールでも勝った。結果がその充実ぶりを物語っている。10月半ばに、川越監督も「今すぐにでもレースをさせたいぐらい」と語っていたほどだ。
東京国際出場を決めたのは今春。初出場となる。トラックやハーフと段階を踏んで準備し、9月23日から11月上旬まで米国ニューメキシコ州アルバカーキで高地トレーニングを積んだ。「オリンピックを逃した分、世界選手権出場にかける思いが強い」。狙うのは優勝と09年世界選手権の切符だ。
渋井が北京五輪切符を手に入れた今年の日本選手権1万メートルで5位に入ったのが尾崎だ。ハーフマラソンの自己ベストは1時間9分26秒。渋井、加納に対抗できる力を持つ。「すごいセンスがある選手ではないが、我慢強い。時間はかかるかもしれないがマラソン向き」。91年世界選手権女子マラソン銀メダルの山下監督はそう評する。
そんな山下監督の思いを、いい意味で裏切ったのが初マラソンの08年名古屋。2時間26分19秒で2位と、いきなり好結果を残している。ただ、自分でレースを動かすことができなかったことに不満も抱いている。そのあたりを反省し、「人の後ろにつかせてもらい、少し余裕を持っていればラストスパートできると思う。日本人トップで2時間26分を切りたい」と意気込む。所属する第一生命本社の前を走ることもモチベーションになっている。
残る国内招待は、26歳の林明佑美(十八銀行)、20歳の松原由貴子(旭化成)の2人。ともに2時間30分を着るのが現実的な目標だろう。
海外勢では、ヤマウチに注目だろう。本格的にマラソンを始めたのが04年と遅いせいもあり、35歳という年齢を感じさせない。むしろ、走るたびに力をつけてきている。
04年ロンドンは2時間39分16秒だったが、いまや自己ベストを08年大阪でマークした2時間25分10秒にまでのばした。本人が課題とするのはスピードの切り替え。07世界選手権では、その弱点を気にして早めにスパートしたが、うまくいかずに9位。北京五輪では逆にスパートをなかなかかけないことが響いて、目の前のメダルを逃した。今回、そこを克服できるかにかかっている。
もはや有名になったことだが、力の源は夫にある。ヤマウチが06年に英国外務省を休職して競技に専念すると、翌年には夫も外資系証券会社を辞めた。夫が食事の支度をし、専門書を読んで練習メニューを考案する。海外選手といっても練習拠点は東京の多摩川で、ある意味、日本育ちのような選手だ。「東京は05年にマラソン選手として初めて招待してもらった大会。そして第1回の優勝者が英国人。最後も英国人だと面白い」。思い出のレースで優勝を狙っている。
昨年2位のサリナ・コスゲイ(ケニア)も強い。優勝した野口みずき(シスメックス)と36キロまで競り合い、2時間23分31秒と大会歴代3位の好タイムを出した。初マラソンの04年パリで2時間24分32秒で優勝、06年ベルリンで2時間23分22秒で2位。結果が示すとおり、レベルの高いレースを続けている。国内勢に立ちはだかる一番手はコスゲイの可能性が高い。
38歳のベテラン、スベトラーナ・ザハロワ(ロシア)も健在だ。9位に入った04年アテネ五輪以降、低迷していたが、今年4月のロンドンでは2時間24分39秒で2位に入った。かつての力はないかもしれないが、日本勢を脅かす一角になる力は十分にある。1万メートルで2度五輪を制したデラルツ・ツル(エチオピア)は持ち前のスピードを生かせるかどうか。3年ぶりのマラソンに挑む25回大会優勝のエルフィネッシュ・アレム(エチオピア)は出産後だけに未知数。以前のような粘り強い走りができれば面白い。